表紙が替わっても

「綜合法務」No58(平成元年6月)店はお客のためにある(13)内閣官房長官のⅠさんが「表紙が替わっても、中身が変わらなければ政治改革にはならない」と、

 総理総裁の椅子を蹴ったのは、記憶に新しく稀に見る快挙です。アメリカの上下院議員は、スキヤンダルの疑いがあるだけで、要職を降ろされ議員はバッチを捨てる。タックスペイヤー(納税者)の発言が議会に反映される。そして、納税者は税金の使われ方をシッカリと監視しているのです。

アメリカは議員のチエック機能の一つはマスコミであり、次が国民、そして議会である。議会には下院に「倫理委員会」があり、国家の予算でスキヤンダル議員を調査する。企業からの献金も厳しくチエックされる。

さて、日本ではどうか? すべての国会議員ではありませんが、利権に走り私腹をこやす方もいる。封建時代の悪代官のような高級官僚もおられる。アメリカのように立法の立案能力のある議員が、国会議員とならなければなりません。また、日本は国会議員の数が多すぎるように思える。途上国への経済援助も、出しっぱなしでなく使途をチエックすべきです。消費税も見直さなければなりません。

これは、商売もしかり。表紙を替えたなら、中身もかえねばなりません。外見だけの店舗改装ではなしに、“心の装いも改めて”依頼者やお客様に奉仕しなければと思うこのごろです。

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